仏教では、どんな結果にも必ず原因がある、原因があれば必ず結果を生じる、という因果の道理が教えられています。
このことを突き詰めていきますと、因果の道理は必ず三世を貫きます。
それは前回お話ししたとおりです。
つまり、未来世(後生)がないと理屈がとおらないのです。
自殺しようとする人は、
死んでなにもかもちゃらにしたい
リセットしたい
はじめからなかったことにしたい
と思うことが多いといわれますが、死んで何もかもなくなるわけではありませんし、
死んで、最初からやりなおし、ともいかないようです。
ですから、安易に、ちゃらにする、という考えは捨てたほうがいいと思います。
この三世因果については、親鸞会という仏教を伝える団体から聞くことができます。
目の前のことで一喜一憂しがちな私たちだからこそ、三世という大きなスケールから
自分を見つめなおしてはどうでしょうか?
自殺したらどうなるのか?
仏教では三世因果が教えられ、死んだあとは、あると説かれています。
原因があれば必ず結果が生じる。
原因なしに起きる結果は万に一つ、億に一つないと仏教では教えられます。
私たちでいえば、原因は行為です。
しかし、やった行いが、この世ですべて返ってくるとは限りません。
例えば、人殺しを1人した人と、10人した人と、100人した人と、受ける結果は同じ1回の死刑です。
なにを当たり前のことをと言われるかもしれませんが、蒔いた種が違うのに、結果が同じとはおかしなことです。
もし、これで問題ないと言われる人があれば、それは、1日働いても、10日働いても、100日働いても、給料は同じ1万円で問題ない、という人です。
そんなことはありえないですよね。
では、先ほどの殺人でいえば、その結果はどうなるのか?
この世で受けれない結果は、死んだあとに受けていくことになります。
死後があるなんて非科学的と思われる方もあるかも知れませんが、科学の基礎中の基礎、結果には必ず原因がある。原因があれば必ず結果を生じる、ということを突き詰めていくと、かならず因果関係は三世を貫くことになります。
次回に続きます。
自殺したらどうなるのか?仏教では三世因果が教えられ、死んだあとは、あると説かれています。
「過去の因を知らんと欲すれば、現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲すれば、現在の因を見よ」
と説かれおり、過去どういうことをしていたかを知りたければ、現在、受けている結果をみなさい、
そうすれば、過去の種まきが分かりますよ。
未来の運命を知りたければ、現在の種まきをみなさい。現在の種まきを見れば、
将来の結果が見えてきますよ、といわれています。
親鸞会の一日一訓カレンダーにも
「現在は過去と未来を解くカギである」
と教えられています。
自殺したらどうなるのか?第一段階として、死んだあとはあるのかないのか、が問題となり、
もしあるとすれば、どういう世界なのか、という段階に進みます。
私はこう思う、ああ思うといっても水掛け論ですので、たとえば世界の四大聖人の一人、
お釈迦様はそう教えているのか、学んでいきたいと思います。
親鸞会で学んでいる人から、丁寧に教えてもらいました。
以前にも書いていましたが、この世の結果には必ず原因がある、というのが因果の道理です。
もちろん、私が生まれた、とうのも結果です。
結果の中でもとても重要で大きな結果の一つですよね。
いつ生まれるか、どこに生まれるか、どの親のもとに生まれるか、によって人生は大きく変わるからです。
その結果には必ず原因があります。生まれた結果ですから、原因は生まれる前にあることになります。
なぜなら、原因は必ず結果より前にあるからです。
このことについてしばらく書いていきたいと思います。
仏教では因果の道理は、三世を貫くと教えられています。
三世とは過去世、現在世、未来世、のことです。
生まれる前を過去世、生まれてから死ぬまでを現在世、死んだあとを未来世といわれます。
因果の道理は、生まれたから死ぬまでだけのことではありません。
生まれる前から、死んだあとも、三世を貫いているのが因果の道理です。
自殺したらどうなるのか?
そもそも死んだあとはあるのかないのか、が問題ですが、
仏教では因果の道理は、三世を貫くと教えられています。
三世とは過去世、現在世、未来世、のことです。
生まれる前を過去世、生まれてから死ぬまでを現在世、死んだあとを未来世といわれます。
因果の道理は、生まれたから死ぬまでだけのことではありません。
生まれる前から、死んだあとも、三世を貫いているのが因果の道理です。
自殺したらどうなるのでしょうか?
仏教では、因果の道理が教えられており、
結果には必ず原因があるといわれます。
ダイコンの種を蒔けばダイコンが生えてくるように
スイカの種を蒔けば、スイカが生えてくるように、
蒔いた種に応じた結果が必ず生えてきます。
同じように、善い種を蒔けば善い結果が返ってきますが、
悪い種を蒔けば、悪い結果が返ってきます。
このことについて、少しずつ話をしていきたいと思います。
自殺したらどうなるか?
自殺に限らず死んだらどうなるのでしょう。
これは多数決はあてにならないでしょう。
非常に深い問題なので、専門家に耳を傾けねばなりませんね。
「死んだら、無になる」
「死んだら、楽になる」
「死んだら、1からやりなおせる」
という考えは、あくまで「そう思う」だけであって、しっかりとした根拠は見つかりません。
上記のような安易な気持ちで死を求めるのは、どうなのでしょう。
いじめの根っこは、人を尊べないところにあると親鸞会という浄土真宗の集まりで学びました。
何のために生まれてきたのか、
何のために生きているのか、
なぜ苦しくても生きていかねばならないのか、
これが人生の目的です。
人生の目的と趣味生きがいは根本から違うようです。
趣味生きがいは、ひとそれぞれ違うものですが、
人生の目的は万人に共通したもののようです。
なので、お釈迦様は、
天上天下唯我独尊
といわれ、大宇宙で、ただ我々人間だけが【たった独つの】尊い使命を持っている、と教えられたのでした。
自殺したらどうなるのでしょう。
無になる、
リセットできる、
また人間に生まれて1からやりなおせる
という人もありますが、
どうしてそう思うかたずねてみると、
あまり根拠がないようです。
ただなんとなく。。。
これでは、ものすごいエネルギーをつかって
自殺しても、それはギャンブルみたいで、
何もなくなるのか、
死んでいい世界に生まれるのか、
もっとひどい目にあうのか、
まったく分かりません。
死んだらどうなるのか、
この無知が、自殺を生み出しているともいえるでしょう。
世界最大の偉人といわれるお釈迦さまが、
この死後について教えられています。
そのお釈迦さまの教えを親鸞会という仏教を伝える集まりが
分かりやすく教えていましたので、少しずつ、紹介したいと思います。
自殺の根本原因
なぜ自殺したくなるか
生きるのが嫌だから
生きるのがしんどいから
生きるのがめんどいから
生きてても退屈さから
リセットしたいから
結局、生きていく意味がない、というところにいきつくのではないでしょうか?
でも、考えてみたら、今の世界より、死んだ後のほうが楽、なんて、なんの確証もなかったりします。
死んだら無、というのも、よく考えてみると特に根拠が見当たりません。
肉体は灰になるけれど、私も一緒に無になるってほんと?
どうもそうではないようですよ。
死んだあとはあるみたい。
世界の四大聖人のうち、三人が死後はある派で、残りの一人は分からないといっています。
一人も「ない派」はいないのですね。
そのことについて、これから少しずつ書いていきたいと思います。