私の自殺サイトへようこそ。
今回は、自殺のテーマとは切っても切れない、日本が誇る天才作家、太宰治のお話をしたいと思います。
あなたは太宰治の作品を読んだことがありますか?携帯サイトなどでも最近は人気の小説として若者に親しまれていますね。生誕100年の今年は太宰作品の映画化が続いていて、「ヴィヨンの妻」「斜陽」「パンドラの匣(はこ)」「人間失格」についても話題を集めているようです。またフランスの映画監督さんも仏訳の「斜陽」を読み、それがきっかけで映画化することになったのだとか。映画の題名は、仏語で「繊細で壊れやすい人」を意味する「ロム フラジール」とするらしいです。
太宰治と言えば、半世紀以上前の作品なのに、現代の若者にも支持されていることは有名です。太宰治にひかれる現代日本の若者には、なにか独特の闇を感じるのは私だけではないと思います。
『なぜ生きるのか』という太宰治の真摯な問いかけは、いじめを体験したり、虚無感に囚われて生きる意味を見失いかけ、自殺を試みようとする若者達にとっては、きっと印象深い作品だと思います。
『なぜ生きるのか』という問いかけに対しての答えは、1000人居れば、1000通りの答えがあるのではないかと思われます。わたしもまだその答えは見つけていません。ですが今、それを見つけるために、浄土真宗親鸞会で仏教について学んでみようと思っています。そして、この自殺サイトが、死ぬための手段でなく、生きる意味を見出すきっかけになればいいなと考えています。
あなたはなぜ自殺サイトを見続けるのですか?
私も自殺サイトばかりを見ている人間の一人です。
気付いたら自殺してしまいそうな人間です。
でも、最近感じているのは「自分が生きる意味とはなにか」それをサイトで探そうとしている。そんな気がしています。
「なぜ生きるのか」。
この答えを見つけている人はどれだけいるのでしょうか。
自殺サイトにその答えはあるのでしょうか。
生きる意味を見出せず、路頭に迷っている人の方が多いのではないかと私は感じます。
日常は、悩む事や苦しい事、落ち込む事、激しい怒りなど、辛く感じることばかり。
家族の将来が心配だったり、いじめの相談もできず、泣いている人も多いでしょう。
これから先を考えると、とても穏やかに暮らせそうな日は、やってこない。
生きるのはこんなにも苦しいことなのか、と自殺を考える人の気持ちも解る。
それは事実です。
でも、最近、私の考え方は少しずつ変わってきています。知人のすすめで知った親鸞会の講座を聴いたことで、この人生に、生きる意味があるのではないか、というかすかながらも期待を抱かずにおれなかったのです。悩んだり、落ち込んだりする、この苦しみから、この経験から、生きる意味を模索する自分が生まれたとも言えるのではないか、と。
どこにも人生の喜びがなくて、行き着いたところが自殺サイトだったという人も多いのでしょう。
でも、ここに来た方は、もしかしたら、閉ざされた闇の世界に一条の光を見出すことができるかもしれません。
硫化水素自殺をやりたいと思い、このサイトにやってきた方へ。
硫化水素は市販の薬品で作れると、色んなサイトに書いてありますけど、私はオススメしません。
なぜ硫化水素自殺が、苦しまずに死ねるという噂になったのか、私には理解できません。
硫化水素自体は、卵が腐ったような独特の臭いです。
濃度が高くなると眼や気道を激しく刺激し、さらに高濃度であれば意識喪失、呼吸停止、昏睡して死ぬことは、もう自殺サイトで勉強済みですよね。
確かに、高濃度の硫化水素では「即死」をするとサイトには書かれていますが、「即死」というのは、かなり微妙な言葉なのです。
というのも、市販の洗剤を混ぜてガスを発生させる程度では、なかなか即死するくらいの高濃度にはなりません。
ですから、数時間、ずっともだえ苦しむ事を覚悟しなければならないと言われています。
遺体も緑色に変色し、溺死体のような見るに耐えない姿になるようですし、また万が一、死に切れなくて自殺未遂に終わっても、鼻や肺など呼吸器系が損傷して脳に酸素がいかなくなってしまうので、つまり脳に重い後遺症を残してしまい、その後はまずまともに立ち直りができなくなるでしょう。
もし集合住宅なら他の部屋の人たちにも迷惑がかかりますし、巻き添えを出してしまえば損害賠償請求も考えられます。
いじめの問題を抱え、死にたいと考えるのも解りますが、硫化水素自殺の方法を選べば、そのあなたの身勝手な行動で、多くの人を不幸にするでしょう。
生きる意味について私によく語ってくれる知人は、親鸞会という浄土真宗の団体で仏教を学んでいます。
ここのサイトを先日、読んでみたのですが、新たな視点を与えてくれる内容でした。
自殺を考えているあなたも、もっと違った視点で今の自分を見つめなおすぐらいの時間はあるでしょう。
立ち寄って、頭を冷やして来ることをオススメします。
自殺サイトをいろいろ見ていたら、興味深いサイトがあったので、今回はそれを紹介したいと思います。
それは、WHOが、自殺を予防する報道について勧告しているようなのです。
皆さんはご存知でしたか?
私は始めて今回知りました。
「自殺を予防する自殺事例報道のあり方について」というWHO勧告で、『避けるべきこと』として書かれているのは、
・写真や遺書を公表しない。
・使用された自殺手段の詳細を報道しない。
・自殺の理由を単純化して報道しない。
・自殺の美化やセンセーショナルな報道を避ける等 ・・・。
日本は、思いっきりダメなんじゃないでしょうか。
日本における自殺報道の現状といえば、個々の自殺の手段まで詳細に報じていますよね。
著名人であれば特にその傾向が強いように感じます。硫化水素での自殺方法なども、メディアやインターネットなど、自殺サイトで話題になっていますね。職場のいじめに耐えられないという社会人から、いじめを自殺で見返してやろうとする、幼い中学生までもが硫化水素自殺を模倣するという結果になっています。
日本のマスコミは、自殺をしたいと思っている人がたくさんその報道を見ているかもしれない、という背景をまったく前提にしてないように感じます。自殺の報道は、確実にあらたな自殺を誘発しています。
このWHOの勧告が、2000年の時点のものだと言うこともサイトを見て驚いたことのひとつです。つまり、日本は全く無視し続けているわけです。自殺サイトを取締るより、報道の規制をかける方が優先すべきなのではないかと私は感じています。
今日は、このサイトを作っている私の話をしたいと思います。私もまだ精神科に通っています。抑うつ状態が完全に終わったわけではないからです。
友人の自殺がキッカケで、わたしは完全にうつ病になりました。
とにかく仕事に没頭する日々。仕事をしている時は、何も考えずに済み、気持ちは楽だからです。
まったくテレビ番組を見なくなり、土日は家に篭る。飲みに出かけることもなくなり、どこに向けていいかわからない怒りや悲しみをずっとこらえている自分に気付いたのは半年ほど経ってから。
仕事に向かう電車の中で、突然体中が震え、止まらなくなり、病院へ行くとうつ病と診断されることになったのです。ひどい腹痛や頭痛や腰痛など、いろいろな症状も、そのうつ病が関連している可能性があるという指摘を受けたのです。
私は友人を救いたかったのです。
でも、非力な自分ではどうすることも出来ない。
そのことが深く胸にとどまり続け、気付けば自分までもが、心の病にかかっているワケです。
私も、今までたくさんの自殺サイトを見てきています。
友人の自殺を非難する人間が多いこともわかっています。
「自殺する奴なんか勝手に死なせとけばいい」
「自殺するヤツは現実逃避しているだけだ」
「自分で決断したんだし、誰にも迷惑なんか掛けてないから、そんなヤツは死なせておけ」
「負け組みは万死に値する」
サイトの書き込みはこういったものが多く、たいていはそんな風にしか考えられないのでしょう。
でも、私が確信を持って言えるのは、
「死の恐怖は他の追随を許さない」ということ。
死んだらどうなるかなんて解らない。
自殺サイトを立ち上げようと思う根源はここにあります。
あなたは、どうしてこのサイトに来たのでしょうか?
死にたい、もしくは死ななければいけないと思っている方でしょうか。
このサイトは、残念ながら自殺のやり方や、楽に死ねる方法などは書いてはありませんが、そんなあなたへ私は言いたいことがあります。
これは私の考えですが、あなたのように「死にたい」「死ななければ」と考えている人は、おそらく同時に、「本当は死にたくない」と思っていませんか。
「こんな人生じゃないなら、もっとたくさん生きたいのに」と・・・。
でも、私が思うに、あなたは今、「抑うつ状態」なのではないでしょうか。
あなたは、今、心療内科や精神科の先生に診てもらっていますか。もし受けていないなら、一度、人生の経験だと思って足を運ばれてみることをオススメします。そして、自分の今の気持ちを、担当の医師にそのまま話すんです。サイトに書いていることなど、全く同じ内容で良いんです。
そして、医師にも直接、「治療を受けるべきかどうか」を聞いてみるといいでしょう。
もちろん、何も問題が無いのなら安心ですし、治療しましょう、ということなら、その治療方法や薬についてなど、色々医師や薬剤師に尋ねてみるのもいいと思います。
色んな自殺サイトに「自殺したい」と書き込むのも良いですが、やはりちゃんと治療を受けることで、もっともっとあなた自身が楽になれるかもしれません。
楽になれるのなら、生きていくのもいいと思いませんか?自殺サイトだけがあなたの居場所ではありません。
あなたは、自殺サイトをみますか?
インターネットで自殺関連のサイトをみつけ、それを見ていると、世の中には「自殺したい」と本気で思っている人が、とてもたくさん居るということが解ります。
「自殺したい」と言う人は、一体どういった気持ちでサイトに書き込んだりするのでしょう。
前触れもなく突然自殺する人もいれば、周囲やサイトに自殺したいという意思を伝えるなど、小さなサインを出す人も。
「自殺したい」と他人に伝えるのは、「本当は死にたくない。誰か助けてほしい」「私を止めてほしい」という最後のSOSの裏返しのように感じます。切実な、助けを求める声だとも言えるかもしれません。
私の友人も長年「死にたい」と言い続け、実際に死んでしまったけれど、「本当は死にたくなんかない」というのも事実だったと思っています。
実は、その友人は、死ぬ3日前まで、「なんでもいいから仕事をしなければ」と言い、職安へ通っているのです。
こちらが見ていると正直、「本当は当分、死ぬつもりはないのではないか?」と思ってしまうくらいで・・・。
「いつも死にたいと言っていても、結局は死なないのだろう」と、どこか安易に考えていたのです。
サイトによく書き込まれている「死にたい」という言葉は、おそらく本当です。
いままで運よく死ななかったというだけなのです。
「死にたい」と思い、言葉としてサイトへ吐き出すその瞬間、生きるか、もしくは死ぬか、という気持ちで揺れ動いているのです。
自殺サイトはいろいろあるのですが、その中でも気になったものから紹介していきたいと思います。
私がサイトで関心を持ったのは、どうやら”自殺をしやすい人”が居るらしいということ。
もちろん、元々の性格なども大きく影響するようですが、そのサイトによると、ある程度、自殺の危険性を事前に予想できる、ということです。
下記にあるような人は要注意なんだとか。
●過去に自殺未遂の経験がある
●身近な人に不幸があり、死別を経験している
●何でも話せる人がいない
●大きな病気、離職、予想外の失敗等でショックを受けている
●普段から交通事故などに遭いやすい
こういった人が抑うつ状態になって、更に自殺を実行することができる環境に置かれたとき、自殺はおきてしまうのではないか、とサイトには書かれています。交通事故にあいやすい、というのは、一見自殺とは無関係に感じるのですが、サイトの管理人が言うには、『事故に逢いやすい=いつ事故に巻き込まれて死んでもいいや、と思っている、つまり普段から自殺願望を持っている人が交通事故に巻き込まれる事が多い』と言っています。
また、普段から死を思い描いている人には、自然とその兆候が表れて来るともサイトには書いてあります。
またそれ以外にも、急に飲酒量が増えたり、処方された薬を飲まなくなる(または飲みすぎる)、ふさぎ込んで人と会うのを避けたり、逆に急に友人に連絡をして会おうとする、身辺整理をすることなどが、サイトでは紹気介されています。
こう見てみると、事前に周囲の人間が気付くチャンスはあるのかもしれません。
友人が自殺で死んだときに、警察から、『何か心当たりはありますか?』と尋ねられました。
このサイトを作るずっと前のことです。
気分のいいものではありません。警察は、彼の自殺の原因を単に特定したがっているようで、調書に書きまとめるために私に誘導尋問をするのではないか、と思うからです。
最近は自殺サイトじゃなくても、TVなどでも自殺を取り上げるニュースを多く見かけます。毎年3万人を超える自殺者のうち、「うつ病」がきっかけになった人が最多、次に多い理由は「病苦」、以下「多重債務」と続いているそうです。
また、自殺サイトで見たところによると、年代別では、50代が最も多いが、その次に来るのは30代、20代なんだそう。若年層が案外多いですね。そして、その中でも統合失調症の人の自殺率が結構高いらしいです。
統合失調症ってご存知ですか。有名な症状は「幻聴」。耳鳴りとか、空耳とか違うとサイトには書いてあります。頭の中にダイレクトに人の声が響くように聞こえるそうです。友人はまさにこれだったのだろう、と、サイトで見てからそう考えるようになっています。
「お前なんか死んだほうがいい」と聴こえるんだ、その声を聴くと「死ななくちゃ」と思ってしまうんだ、と、確かに彼はそう言っていました。
自殺の原因はさまざまだと思います。
でも友人の場合は、病気の症状による「衝動」。「幻聴」。
これこそが、直接の原因だったのかもしれません。
でも、残された人間には、自殺の原因は永遠に解らない。そう思っています。
あなたは死にたいと思い、この自殺サイトに辿り着きましたか?
生きるのって楽じゃない。まぁ、それでもまだ私はかろうじて生きていますけどね。
私自身、過去に何度も自殺を試みたことはありますし、サイトも色々見てきました。
そして今回、自ら自殺サイトを作ってみようと思ったわけなんですが。
タイトルの「自殺って何?」に戻りますが、色々サイト等で調べていると、自殺という概念はたくさんあることを学びます。
社会学者のエミール・デュルケムという人は、「自殺論」(1897年)という本を書いた人なのですが、彼は自殺を以下のように定義しています。
「当の受難者自身によってなされた積極的・消極的行為から直接・間接に生じる一切の死を自殺と名づける」
正直、自分にはよくわかりません。笑
私の友人も、自殺で数年前に死にました。
『死にたいと思った瞬間、気付いたら手首に刃を当てているんだ。そうゆう衝動が来たら、俺の意志じゃ止められない。いつ死ぬか、自分がどうなるか解らない』
『俺だって、多分本当は死にたくないんだ』
そう生前に言っていたのを思い出します。死にたいという衝動と、生きたいと思う気持ちの狭間で戦っていたのでしょう。
友人に先立たれたことで、自殺願望のあった私は、改めて自殺を見直す機会が出来たと思っています。
あの日以来、リストカットはやっていません。なにか違和感を感じるようになったからです。
このサイトでは、楽に死ねる方法など、死にたい人への情報提供はするつもりはありません。
あくまでも、わたしの中の「自殺」というものを整理するためのサイトとして記述していこうと思っています。